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●「裏読み・ケータイビジネス」
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vol 6. 「24時間テレビ電話生活」体験中 (2003年 3/6) |
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僕は、昨年の3月よりずっと、FOMAの「テレビ電話専用の番号」をWEB上に公開し続けています。
自分が運営する非営利のFOMA情報サイト「FOMAdeTV」で、電話番号を公開し、「24時間、誰からテレビ電話がかかってこようと出ます」と宣言してみたのです。ねらいは、「テレビ電話が日常的にある生活」というものを実地で体験してみること。この新しいインフラに対して、人びとがどう接するのか、そこに新しいビジネスチャンスがあるのか、などを見てみたかったのです。 とかくテレビ電話については、写メールや動画メールに比べ、普及に対して懐疑的な意見が多いようです。通話コストが高いこと(FOMAの通常電話料金の1.8倍前後)、そして「互いの顔を見ながらコミュニケーションするなどという需要はない」という意見も多いようです。ところがこうした発言をよく聞いてみると、ろくにテレビ電話を体験することなく、2〜3度ちょっと試した程度の印象で語っている人が案外多かったりします。ならば、机上の議論を繰り返しているよりも、まず、テレビ電話のある生活を日常的に体験してみようというわけです。 結論からいうと、この1年間で、僕にテレビ電話をくれた「見知らぬテレビ電話相手」は、合計で130人以上、平均すれば3日に1人以上のペースでテレビ電話をしたことになります。つまらぬ自慢で恐縮ですが、これだけの人数とケータイでテレビ電話したのは、おそらく日本でも僕だけでしょう。(と、ドコモの方は言っていました) 随分とプライバシーを犠牲にした気もしますが、その分得られたものも大きかったと思っています。 最初に想像していた通り、テレビ電話をくれた人の多くが、「FOMAのテレビ電話モデルを買ったが、テレビ電話する相手がいないので、試すこともできない」という人でした。実際にテレビ電話をくれた人の半数ほどが、「テレビ電話初体験」だったようです。 特筆すべきこととしては、こうした、テレビ電話を初体験する人の多くと、「会話が成立しなかった」ということです。 どういうことかというと、テレビ電話をくれたFOMAユーザーのうち過半数近くが、ハンズフリー機能を使っていなかったり、イヤフォンマイクを付けずにテレビ電話をしてきたのです。テレビ電話は普通の電話と異なり、端末を顔から離して自分自身(または、風景など)をカメラで映しつつ会話するので、ハンズフリー設定にするかイヤフォンマイクを使わないと、相手の声が聴こえません。実際にテレビ電話をくれた人の多くが、このことを忘れたままテレビ電話をかけてきました。ちなみに、僕のWEBサイトの説明ページの冒頭部分に、「テレビ電話時は、必ずイヤフォンマイクを使ってください!」と、デカデカと書いておいたにも関わらず、こうした人は後を絶ちませんでした。 中には、「テレビ電話」なのにも関わらず、電話機を普通の通話時のように耳に当てて話そうとする人すら数多くいました。当然、こういう体勢では私のカメラには相手の「耳」が大アップで写るだけなので、まるでテレビ電話の意味を成しません。 あと、テレビ電話をする前に、あらかじめ自分の映像を写して、チェックしてからテレビ電話をする、つまり事前に「カメラテストをする」という行為をしないまま、やおらテレビ電話をしてくる方も数多くいました。FOMAのテレビ電話用カメラは回転式の場合が多いのですが、レンズがあさっての方向を向いてて、全然自分が写っていない状態だったりと、テレビ電話独特の機能に対する不慣れが目立ちました。 テレビ電話というのは、「テレビ」ではなく、あくまで双方向なコミュニケーションなので、実のところ、相手の顔を見ると同時に、自分の顔を「見せる」という部分が同じぐらいの比重となります。そうした意味では、事前にカメラテストなどをして、部屋の照明を背負ったアングルで逆光になっていないか?(余談ですが、こうした逆光を背負って、黒く潰れた顔でテレビ電話してくる人もかなり多く、僕は個人的に「フランシスコ・ザビエル状態」 と呼んでいます) あと、部屋の汚い部分はバックに見えていないか?など、最低限の気遣いは必要だと感じます。 このあたりの、いわば「テレビ電話マナー」というべき点については、ちゃんと意識している方と、そうでない方の落差が目立ちました。どうやらこのあたりの差は、「テレビ電話経験」の大小もさることながら、個人のパーソナリティに根ざしているような気がしてなりません。 余談ですが、ちゃんと会話が成立した方との平均通話時間は、7〜10分ほど。最長記録は1時間半。7割以上がテレビ電話を切るときになぜかお辞儀をします。お辞儀したら、相手の顔は見えなくなってしまうわけですが、このへんはやっぱり「日本人らしいなあ」と感じさせるポイントでした。 ‥と、なにやら不平ばかり書いてしまいましたが、この1年間、総じて言えば僕の「テレビ電話生活」は、なかなか楽しいものでした。 率直に言って最初の30名くらいまでは、テレビ電話に対してかなりの抵抗感がありました。自分の電話番号がWEBサイトに公開されており、「いつ誰からテレビ電話がかかってくるかわからない」という状況には、やはりストレスを感じることもあったのです。当然、「今部屋が散らかってる!」とか「起床したばかりで頭がボサボサだ!」などなど、状況を選んで電話がかかってきてくれるわけではありませんから。 しかし、50名を超えたあたりから、徐々にそうしたことが気にならなくなってきました。そして、90名を超えたあたりからは、驚くべきことに、普通の電話では、何かが物足らないと感じる瞬間すらあるようになりました。お馴染みの「テレビ電話友だち」と、1時間ほどの「長テレビ電話」をした直後に、仕事関係者などから普通の電話がかかってくると、「相手の表情が見えない」普通の電話に対して、逆に不安感を覚える瞬間すらあるようになったのです。こうした感覚が自分の中に芽生えるとは、テレビ電話を使い始めた頃は想像すらできなかったことです。 かの碩学ピーター・ドラッガーは、最近の著作「ネクスト・ソサエティ」でこんなエピソードを紹介しています。 今から100年以上前の1882年、ドイツの郵政省が企画した経営者向けセミナーのテーマは、なんと「電話を恐れぬ方法」だったそうです。しかし、参加者はゼロだったばかりか、招かれた経営者は一様に「電話などは事務員が使うもので、なぜ自分で使わねばならないのだ」と怒ったというのです。 結局のところ、テレビ電話について多くの人が漠然と抱いている「不安感」も、100年前、音声電話に対して人々が感じた抵抗感と同じようなものではないかと僕は思っています。テレビ電話が普通になったら、案外人は音声のみの通話なんて不便で物足らないと感じるようになるのではないでしょうか。 果たして携帯テレビ電話が普及するか否か、まだまだ諸説はあるようです。しかし、僕自身は自らの体験から、「普及する」の方に一票を投じておこうと思います。 さて、こうしたテレビ電話体験を130名ほどとしてみて、また、NTTドコモさんが行った、「テレビ電話多地点接続実証実験コンソーシアム」のメンバーにお誘いいただいて、同時多人数でのテレビ電話などという体験までさせていただいた中で、僕なりに、このテレビ電話を使ったサービス活用についても、「かなり広範囲なアプリケーションがあり得る」との思いは強くしたものです。 とはいえ、まだまだ「ケータイテレビ電話」は、まだまだ普及前夜。もしかしたら、こうした話は少し早すぎるかもしれません。もしリクエストがあるようでしたら、その他いろいろな珍体験や、応用可能性などについても感じたことを書いてみたいと思います。 |