- 過去ログ倉庫:2002年10月
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(2002.10.30)いやー、この一週間、仕事の〆切に加えて私事も度重なり、
すっかり、いろんなお約束など不義理いたしております。どうもすんまそん。(反省の色あるんか)

internet.comなんか、上記の「連載中」に入れてるくせに、まだ始まってやしないのは、
単なる僕の怠慢です。早くはじめないとヤバいっすー。

最近、気になること。。。えーとえーと。
やっぱり、竹中大臣の打ち出した、不良債権処理策でしょうか。
いいねぇこれ。
何が良いって、とにかくぶっ潰すこと優先っていうのがいい。どんどん壊してくれ。
「具体策がない」とか批判してる馬鹿など無視してさっさと壊すんだよ。
具体策なんてのは、誰あろう文句言うてるオマエ自身が考えるコトだろ。

人間って、やっぱり下部構造としての経済手段が破壊されないと、
「自分は一体何者で、これからどこに向かうのだろう?」
という問いかけを改めて自分に発するコトは、これはなかなかできないもんだと思う。
年収一千ウン百万、大学卒業以来、大手企業に勤めて、
「宅のお子さんは、良い学校を出られて、大手企業に就職なさって…」
な〜んていう、美しき誤解に満ちた誉め言葉を心のよりどころにするのは、
もう、いい加減に止めるんだよ。
俺のHP見て、「そうなんですよ。うちの会社はどうにもダメで…」とか愚痴を書いてくるオマエら。
そのダメ会社でアウトサイダーの振りして、実はちゃっかり真部分集合に収まってる、
オマエが一番ダメなんだってことに早く気付くんだよ。

オマエはダッサい、単なるくたびれたオヤジに過ぎない。
オマエから会社の名刺を取ったら、もうレゾンデートルなど何もありゃしない。
オマエは誰からも愛されちゃいない。自らのニョーボですら、もう諦め顔でオマエを見てる。
さぁとにかく壊せ。どんどん壊しやがれ。

(2002.10.24)単なる親子のエゴのぶつけ合いになりつつある、拉致家族問題。

僕の母親はかつて、僕が会社をはじめて、20名以上社員が居るときですら、
そんなものやめてさっさとこっち(実家がある浜松)に戻ってこい」と言ってました。(笑)
拉致家族が『何がなんでも戻ってこい』という記者会見を見て、一瞬そのころの記憶が
オーバーラップしてしまったのは、単なる僕の個人的感情だろうか。。。


どちらにせよ、この拉致問題はそろそろ幕を引いた方がよさそうだね。
段々興味がうせてきたよ。悪いけど。

(2002.10.23)どうでもいい話で恐縮なんですが、
彼女の誕生日に、Red Wingsのスェードのエンジニアブーツをプレゼントしました。

実は、僕が長年愛用してるのとおんなじ。
別におそろいにしたかったわけじゃないんですが、ちょうどいいサイズがスェードしかなかったんです。

僕は、結構なブーツオタクでして、いわゆるブーツといわれるものは、7足持っています。
特にRed Wingsは、一時期のブーム以前よりずっと好きで、都合4足持っていたんですが、
かつて、BMWが放火されて全損したとき、うち一足は燃え尽きてしまいました。(笑)

いまエンジニアブーツといえば、RED WINGSに、チペア、ホーキンズ、
そして、カリスマブランドのWESCOなどが名高いですが、
やはり、もっともデザインが優美で、「作業靴」っぽくないのはRed Wingsです。
街でエンジニアブーツを履いている人を見かけても、RED WINGS(直訳すると「赤羽」(笑))製だけは、
遠目にもすぐわかります。
エンジニアブーツは本来作業場で履く靴なので、長時間の徒歩には向きませんが、
どれだけ歩いても、足が痛くなったことが一度もない!
月並みな発言ですが、アメリカのモノ作りの底力を見る思いがします。

ところで、ことしは、女の子の間ではエンジニアブーツが「in」らしい。
もっとも、109系みたいな女の子がはくエンジニアブーツは、長靴みたいなゴツいやつじゃなく、
もっと足首がシェイプされた、ガーリー(爆笑してくれ)なデザインのやつらしいですが。

街を歩いていると、「あぁ、このコはお洒落だな。素敵だな」と思うコにすれ違うことって、
1日でせいぜい一人かふたりぐらいです。
女の子って、男以上に流行に流されやすい生き物だと思うけど(差別的ですまん!)
上から下まで、ぜ〜んぶ流行のアイテムばかりってのは、やっぱりいただけません。
街でみかけて、「あぁいいな。凄いな」って思うコっていうのは、
どこを見ても流行モンをまったく身に付けてないのに、全体として「今」を感じさせるコです。

別に流行モンを否定する気はないですが、流行モンを着けるならば、それと同時に、
愛着とこだわりの品も着けていてくれると、見てるほうは楽しいです。

ファッションなんかどうでもいい?うん、確かにそうかもしれない。
でも、そう思ってる人の多くは、ファッションというものを誤解してると思う。
お洒落というのはね、実は「コミュニケーション」なんですよ。
コミュニケーションである以上、プロトコルは確実に存在する。

そうしたプロトコルに乗っかるも自由だし、知っていてあえて破るのも自由でしょう。
でも、知らないで通り過ぎていくのはもったいない。
僕のファッション観とはそういうものです。

(2002.10.22)拉致家族が一時帰国してからの行動を見ていると、
日本人の好きなモノとは何かということがよくわかりますよね。(笑)

帰国したら、とりあえず寿司&家庭料理、
翌日は墓参りに出かけてから一家でスキー
そのあとは友達とキャッチボールし、温泉に出かける。

もし現代日本人が拉致されて、20数年後に帰国したら、まず何をしたいというでしょうかね?

(2002.10.16)新しいノートパソコンが欲しいなぁ。
…時々そう思うのですが、やっぱりまだ買いません。

自宅でひたすら原稿書きの仕事をしていると、運動不足にはなるは煮詰まるわで、
時にはファミレスやらカフェにでも出かけて仕事をしたいと思うのですが、
それでも買わない理由は、ノートPCサイズに適したネット接続環境がないこと、そしてバッテリーです。

実際のところ、私小説家でもない限り、資料なしで原稿を書くことなどはできません。
インターネットにいつでもすばやくアクセスできる環境は、少なくとも僕にとっては不可欠ですが、
ノートPCレベルでのモバイルとなると、それをリーズナブルに達成する環境は皆無と言ってもいい。

AirH゛? 普段、ブロバン環境で下り平均5.6Mbpsのスピードを使っている者にとっては、
128Kパケットでは遅くて話になりません。それでも、PDA用サイトならいいと思うのですが、
最近PC用WEBサイトは重くなる一方。スピードというものは一度体験すると後戻りができません。

無線LAN?あんな不自由なツールはありません。自宅の近所では、チャリンコでいける距離で
モスバーガー新中野店(NTTコミュニケーションズの『ホットスポット』提供中)がありますが、
毎回モスバーガーを食わなければならないなんて、とてもじゃない。そんな「不自由」はごめんです。

オマエお得意のFOMAはどうなんだって?
これはねぇ、PDAレベルならほぼ「ベスト」なチョイスだと思うんですが、
パケットというのは、テキスト主体からまだしも、PC用WEBサイトのようにグラフィック主体になると、
途端にデータ量がハネ上がります。
スピード的には、間違いなく現状の携帯電話でもっとも速いのですが、僕の中では、
「FOMAでPC」は、コストパフォーマンス的にはまだまだです。
田村正和のCMでやっているような、営業マンのプレゼン用などにはよいと思うのですが。。。
(しかし、大事なプレゼンで、接続を100%保証できない携帯ってのも無理があるか)

加えて、ノートPCの最大の問題点はバッテリの持続時間です。
少なくとも、3時間以上はフル稼働できるバッテリ容量がないと、
私にとっては、持ち歩く意味半減だと思いますが、 そこまで大きなバッテリを搭載すると、
今度は毎日持ち歩くにはしんどい重さになってしまいます。

かくして、いまだにノートPCは、以前に買ったVaio C-1の初代機のまま。
どうしても外で原稿を打つ用事があるときは、これを抱えていきます。
出番は数ヶ月に一度程度です。

(2002.10.15)日経パソコンで連載中の「三田隆治のケータイ文化時評」
苦しみながらも2回目をようやく入稿いたしました。

他のライターの方はどうか知りませんが、連載ものって、最初の数回の入稿は七転八倒です。
どんなカラーで行くか?テンポは?内容は?などなど、自分なりのペースを掴むまでが大変なんです。
特に日経パソコンは隔週連載のため、〆切のペースも早くやってきます。
(そんなことを言うなら、毎週連載や毎日連載の人はもっとたいへんですよねぇ(笑))
一応最初から、むこう3か月分ぐらいのテーマは漠然と用意しましたが、どうなることやら。
第一回の、「iモード文化とは『反パソコン』の文化だ」に次いで、
第二回は、「あなたがケータイを活用しない理由」

僕としては、パソコンユーザーの方にとって興味が薄いといわれるモバイルに、
少しでも興味を持っていただけたらと思ってます。

(2002.10.11)FOMAサイトをやっていると、どうしても「FOMA好き」だと思われてしまいます。

仕事そのほかで、人に会ったり取材したりするとき、FOMAdeTVのロゴ入り名刺を渡すと、
(僕は、比較的カジュアルなロゴ入り名刺と、縦書きの堅い名刺の2種類を使い分けてます)
どうしても、僕が「プロトコルとしてのFOMA」が好きだと思われる場合が多いんですね。
ま、確かにそういう風に思われるのは仕方ないのかもしれませんが、
他の通信キャリア、FOMAを扱っていない端末メーカーなどでその名刺を渡すと、
とっても嫌そうなな顔をするんですよね。(笑)
NTTドコモで「FOMAdeTV」のロゴ入り名刺を出すと、
それとはまた、別の意味で嫌な顔をされる場合も結構あるようですが。(笑)

実際のところ僕は、「FOMA」というフォーマット(駄洒落かよ!)だか、
プロトコルだかブランドだかに対して、格別の思い入れなぞはありません。
ただ、サイトの切り口として「FOMA」にしているだけなんですが。
強いて言えば、世間ですっかり悪いイメージが定着したFOMAだからこそ 逆に、
FOMAという括りに、こだわってる部分はあるかもしれません。
それにしても、せいぜい「人と違うことを言うのが好きなので」という程度のことです。
先進的イメージだったはずの携帯電話「FOMA」は何故、かくも嫌われてしまったのか。
僕は、この「FOMAFOBIA」(FOMA嫌い)とも言えるような現象を見ていて、
最近、新しい種類の疑念が沸き起こってきつつあるんですね。

どうも多くの玄人筋は単純に、FOMAがNTTドコモだから嫌がってるんじゃないかな。
案外、KDDIあたりから出ていたら、それなりにファンもついたんじゃないか。(笑)
僕の知り合いに、ノートPCはマック、モバイルはDDIポケット、携帯電話はJフォンで、
絶対にWORDを使わないので、その人に添付メールするときは、Plain Textでなければならず、
「NTTドコモの携帯は絶対使わない」と言っている、日立のエンジニア出身のCG屋さんが居ます。
僕は、こういう方って長いことずっと、純粋に技術的優位性で物事を判断してるんだと思ってましたが、
実際のところ、案外そうでもないような気がしますよ。

たとえば、マイクロソフトがNEWTONを出していたら、Appleほど失敗しなかったかもしれないけど、
多分、製品としてブランドとして、もっと愛されなかったんじゃないかという気がします。


…あぁ、なんだか今日のTIPSは書いていて我ながらつまんない。
意味ないよねこんな話。

(2002.10.9)DVDプレイヤーって持ってますか?…僕のDVDは、プレステ2の初期型です。
オタクな脱線話をすると、プレステ2のシステムDVDは、もっとも初期のバージョンに限り、
うっかりミスで、DVDのリージョンコード(ソフトのリリースされた国を表す内部的なデータ)
に対応しておらず、そのままで全世界のDVDが見れてしまいます。
これはDVDの国際規格違反ですが、一部でこの初期型PS2は人気になってるらしい。
脱線終わり。

しかし、DVDって、ユーザーから見て本当に便利ですか?
僕は、レーザーディスクを中心に、映画等の映像ソフトを200枚以上持ってますが、
LDは確かにひっくり返すのが面倒ですし、スペースは食うものの、十分に満足してきました。
しかも、我が街高円寺は、アナログレコードやLDの中古が豊富な上にとても安いので、
(渋谷の中古レコード屋は、定期的に高円寺に仕入れに来るという話もあるほど)
この街に暮らすならば、アナログプレイヤーとレーザーディスクは、なければ損だと思ってます。
脱線その2終わり。

DVDって、CDやLDに比べて非常に高密度なので、うっかり傷をつけてしまうと、
失われるデータの量もまたハンパじゃありません。
DVDが普及し始めたころ、氷室京介だかのDVDで、
今までに出たアルバムの全曲200曲だかが、(1コーラスだけですが)
全部納められたDVDが出たと聞いたとき、僕は思わず爆笑しました。
一体、そこまで徹底的に、一枚に詰め込む必要がホントにあるんだろうかと。

幸いなことに僕は氷室京介にもBoφWYにも興味がないので、そのDVDは買いませんが、
もしそのDVDに、ちょこっとキズつけてしまったら、もう大変なことになりますね。
CDならば、チョイキズをつけても、1曲の中の一部分が聴き取り不能になるだけでしょうが、
その氷室200曲収録DVDで、ちょっとでもキズをつけたら、
おそらく、瞬時に数十曲分のデータがふっとぶでしょう。
高密度になった分、いざというときのリスクも確実に増大したというわけです。

じゃ、DVDのメリットを一番享受してるのは誰でしょう。
恐らくは、ビデオテープより製造コストを抑えられるソフトメーカー。そして、
省スペースをメリットに、LDではついに定着させられなかったレンタルが可能になった
レンタル業界、さらにはプレイヤーを作ってるハードメーカーなんでしょう。

今日のTIPSでは、結論めいたものを書いても、ありきたりになりそうなんでやめときます。
要するに僕が今日、一番言いたかったことは、実を言うと、
「氷室京介200曲入りDVDが無性におかしかった」ってことです。すみません。

(2002.10.5)モバイルでのインターネット接続について話をするとき、
出版社の方や、PC系CP・ベンダーの方と話すと、よくこういう話が出ます。
「モバイル通信は定額制にならないと普及しないよね。AirH゛なんか良いんじゃない?」
AirH゛が悪いと言うつもりはないのですが、この考えには基本的な誤解があると思います。

たとえば、「外食が全部、定額食べ放題になればいいのに」と言う人はいないでしょう。
モバイルも固定同様に定額制でなければならないというのは、
僕にはそんな勘違いに近いように感じられます。
通信費とは、月額グロスの出費で考えれば、時間・データあたり単価が多少高くても、
総額で少ない方がトクになる場合が多いのです。ましてやモバイルとなればなおさらです。

外回り中心の営業マン、あるいは配送や運輸関係の業務などに従事する人は別として、
普通の人間にとっては、モバイルに対する需要というのは、かなり変動的です。
僕自身、9月と10月で、「モバイルする時間」がほぼ同じぐらいだったということはまずありません。
すると、定額制料金だった場合、「通信費のうちモバイル部分に費やすコスト」を、
外出が多かった月に合わせるのか、それとも少ない月に合わせるのかと考えれば、
半年ぐらいのタームで見れば、恐らく従量制の方が結果的に安くなるでしょう。

たとえば、ドコモのPSHカードだと、現在は、「20時間で3200円」っていうプランがあります。
(超えた分は当然、1分10円ぐらいで課金されていくわけですが)
こんなことを言うと、まるで僕がドコモシンパのようですが(笑)、冷静に考えてそう思うんです。
「ドコモPHSは64kだから遅いんじゃない?」という人もいるようですが、
128kパケットと、64K回線交換では、実はほとんど回線交換の方が速いんですよ。

思うに、ちょっと高くても定額制が好まれる理由というのは、ほとんどの場合、
「定額なら、いちいち時間を気にしなくて済む」という事情なのではないでしょうか。
実際、企業がPHSデータを導入する場合も、
「定額制だと、月々の通信コストがはっきり予測できるので、稟議を通しやすい」と言います。
しかし、これらの発言の意味を、もう一度じっくりと考えてみてください。
つまり彼らは、定額だから余分に出費しているのではなくて、『ラクだから定額にしている』んです。
よく見てみれば「定額か従量か」という議論ではないんですよ。
ここのところが誤解されてるポイントなんだと思います。

もし、「従量は面倒臭い」「ストレスが溜まる」という理由が、問題の本質なのだとすれば、
たとえば、従量制PHSカードに液晶表示で、「あと○分使えます」と表示できる窓があったら?
また、法人導入の場合には、
「20時間以上使ったら、経理のメールアドレスに自動的に延長を通知する機能」があったら?
たとえば、「企業グロスでの、『今月の予測使用量』をリアルタイムに推計して、表示できるアプリケーションがあったら?」
恐らく、そうしたサービスが付加するだけで、
定額制の「心理的優位性」は、かなりの部分崩れるだろうと僕は思っています。
要するに、従量の状況をわかりやすく教えてあげるサービスが欠如しているだけなのだと思います。

こうしたユーザー心理までも見越した、キメ細かいサービスこそが、
キャリア主導の、今のモバイルサービスに欠けている点だと思っています。
だから、定額VS従量という、本質からずれた議論がはびこるのでしょう。

先日もここで述べましたが、こうした分野こそ、日本通信のようなMVNOが、
もっと、ユーザー心理や、法人それぞれの事情に応じたソリューションとして、
キャリアにはできない、細かいけど使いやすいサービスを実現していって欲しいんですよね。
モバイルコンピューティングの分野は、PCに比べてまだまだ理解が進んでないと思いますね。

(2002.10.4)日経パソコンのモバイルコラム「三田隆治のケータイ文化時評」

次号(10月14日号)より開始となるこの連載、初回分の入稿は無事終わりました。
ビジネスのみならず、日本独自の「ケータイ文化」という視点から、
モバイルを巡る「今」と「未来」を論評しようというこのコラム、
初回分については、幸い編集部内で好評をいただけたらしいのですが、
なまじ好評だと、後が結構なプレッシャーです。ううう。
でも、これで日経パソコンが毎号タダで読める!(笑) なんてささやかな喜びなんだろう。
そして、連載のキッカケを創っていただいた、デメ研の亀田武嗣さんには本当に多謝、多謝!

ここだけの話ですが、(全然ここだけじゃないか)
日経パソコンが40万部も売れてるってことを、実は今日まで知りませんでした。
エラそうにも、堂々と名前を冠したコラム連載は、これで2本目となりますが、
「モバイルジャーナリスト三田隆治」として、頑張りたいと思ってます。(月並みな抱負だ)

僕は技術屋ではないですし、いわゆる「モノマニア」でもないですので、(ホントかな?)
やはり常に視点は、「テクノロジーが変えるコミュニケーションのかたち」に置きたいと思っています。

…などと言っていますが、僕自身は、本当にコミュニケーションの得意な人間だろうか?
むしろ、ヘタなんじゃないかという気がします。だからこそ興味があるのかもしれません。

(2002.10.2)「反インターネットからのビジネス、反ケータイからのビジネス」
最近、僕個人の中で、こうしたビジネスカテゴリー分けができつつあります。
極私的には、こうしたビジネスメソッドが、これからの世の中でどうなっていくかということが、
とっても気になっているんです。
一概に、「そういうのはダメだ」と思っているわけではありませんよ。

「ケータイで文字を打つなんで嫌だ」、「ケータイの画面は狭くて小さい」
「PCを使う習慣がない」、「パソコンディスプレイの情報は頭に入らない」
…などなど。
発案者にとっての、こうした日常的な「不満」から生まれてくるビジネスが沢山あるようです。

たとえば、NTTコミュニケーションズの、「声のインターネット・Vポータル」、
松下電器の、CSセットトップボックス規格「ep」
それから、よくあるタイプですが、音声認識で電話でできるインタラクティブコンテンツやら、
「ケータイで映画を動画配信」という某社のプラン、(笑)
そして、ケータイのSDメモリカードを使って、
「ケータイ(メモリカード)マガジン」ができないかという発案まで、
よく言えば「差別化」した事業プランを散見します。
案外、FOMAのテレビ電話も、こうした発想が根底にあるのかもしれません。(笑)

僕が気になっているのは、こうしたビジネスメソッドの基本に、
「インターネットなんか嫌いだ」「imodeなんか何が面白いの?」という感情が感じられること。
そこに、「インターネットやimodeは、なかなか儲からないから」という、「ファクト」がかぶさると、
事業プランとしては、ほぼそれなりの形ができてしまうのでしょう。

差別化といえば聞こえはいいですが、問題はそこに市場があるかどうかということですよね。
「俺のようにインターネットが嫌いな人は居るに決まってるのだから、市場はあるでしょう」
これでは、分析が全然甘いと思いますね。
なぜなら、その人が何故インターネットが嫌いなのか、ちゃんと分析してないからです。

先日僕が、モスフードサービス系のうどん・牛丼屋さんの「なか卯」でランチしていたら、
店員を呼びつけて、セットメニューの選び方を尋ねていたオジサンがいました。
そもそも、メニューをちゃんと読めばわかるはずなのに、何故店員を呼びつけるのか。
僕は、インターネットを嫌いな人のメンタリティというのは、
単にディスプレイやキーボードに慣れてないと、皮相的に捉えるんじゃなしに、、
むしろ、こういう人の行動パタンこそ分析すべきじゃないかと思うんですよね。
こういった人は、壮年層に圧倒的に多いですが、若い人にも多少居るようです。

人間を、一つの「FEP・フロントエンドプロセッサ(文字入力変換システム)」に例えると、
年齢を重ねるということは、CPUの処理速度の低下、メモリの残量不足は当然として、
その分、今まで学習してきた豊富なケーススタディ(文例・用例)を持っているとも
いえると思います。これがいわゆる「年輪」というやつでしょう。
しかし、人間とFEPの最大の違いとは、その学習パタンが「最新学習反映」でないこと。
人間は、思春期から20台後半にかけて築いたライフスタイルが、後々まで支配的です。
たとえば、「パソコンが嫌いだからテレビでインターネット」という発想は、厳密に分析すれば、
1.「パソコンのディスプレイでモノを見る習慣がない」ことと、
2.「プル型のコンテンツに慣れていない」という行動に大別される気がします。
どうも僕は、上記の1.の方ばかり気にしている人が多い気がするんですよね。

問題は、40代以上の人に多い、こうした行動様式が、
(頭を柔軟に保つ訓練をしてない人だと、30台中盤でも結構散見しますが)
日本の人口比率を見ると、かなりのボリュームゾーンを形成しているということです。
今までは、「いやぁ、若者はそういう風には考えないんですよ」と言っていれば、
こういった、単なる世の中の変化に付いていけてない人は簡単に論破できました。
しかし、これからは、団塊の世代を中心とするシニア層は大切な市場であり、
「インターネットに馴染めない奴は死んでしまえ」と斬り捨てているわけにもいきません。

僕は、シニア層がコンピュータティスプレイや、ケータイの画面に馴染めないとは思えません。
問題は、さっきの「なか卯」のオヤジのように、シニア層は情報の取得に対するパタンが、
若年層とは大きく異なっているということのほうではないでしょうか。

このことは最近の僕にとっては重要なテーマでして、まだまだいくらでも書けるのですが、
興味ある方にこそ、このサイトを見にくることを「習慣」にして欲しいので、(笑)
今日はこのへんで止めます。

 
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